【書籍】クリーンミート 培養肉が世界を変える

数年前に金曜ロードショー1984年の「ゴーズトバスターズ」を見た。視覚効果の素朴さや主人公のセクハラ発言の多さなど何かと時代を感じる描写が多かったが、事前に想定していなくて驚いたのは、登場人物の喫煙率が高くてそこかしこで煙草を吸っていること。ゴーストバスターズとしてオバケ退治のために出動したホテルの廊下でさえ当たり前のように喫煙しているのは面食らった。2022年の現代劇で「ホテルの廊下で当たり前のように煙草を吸う男」を出すとしたら、見るからに危険そうなヤバい奴という人物造形でないと不自然すぎて無理だと思う。

で、ほんの数十年でも意外と感覚は変わるものだと感じ入ったのだけど、現代に80年代の映画を見るように、2050年代だか60年代だかに現代を振り返ったとき「こんな近過去にこんなことが当たり前だったなんて」と驚きをもって見られることのひとつは「動物の肉を毎日食べること」なんじゃないかと私は個人的に想像している。今はむしろベジタリアンの方が特殊な存在に見られているし私自身動物性の食品も普通に食べるけど(一応以前に比べれば少し減らしてはいる)、書籍などで畜産の環境負荷が想像以上に大きいことを学ぶにつれ「これ、本当はベジタリアンヴィーガンのほうが明らかに倫理的で正気だし人としてマトモなんじゃないか…?」と思いつつある。そんなわけなので、こちらの本は大変興味深く面白く読んだ。

クリーンミート 培養肉が世界を変える

動物保護の活動をしており長年ヴィーガンの生活を続けている著者が、動物を丸ごと育てて肉を切り取る通常の畜産ではなく、培養肉=クリーンミートを市場に届けようとする人々を追った群像劇のようなノンフィクション本。メインとなる培養肉のほか、培養牛乳、培養レザー、培養卵白、培養フォアグラなども取り上げられていて面白い。「クリーン」という名前は、

  • 水や土地や穀物の消費量も温室効果ガスの排出量も遥かに減らせて環境に優しい
  • 大腸菌サルモネラ菌などが付かないので清潔
  • 動物虐待を行わなくてよい
  • 心不全などの健康リスクを通常の肉より低くできる

といったメリットから名づけられているそう(逆に言えば、これらすべての面で一般的なお肉は「ダーティ」ということか…)。また、邦訳が出たのが2020年1月なので原書はコロナ禍の前に書かれているのだけど、効率のために動物に抗生剤を打ってぎゅうぎゅうに押し込める現在の畜産はパンデミックのリスクになりうるとの記述にはドキリとさせられた(抗生剤に耐性のある菌の発生要因にもなっているようだ)。

今回出てくる会社名などを検索しながら再読したところ、培養牛乳を使った製品*1や培養卵白のマカロン*2アメリカではもうあるようだ。シンガポールでは既に培養鶏肉の認可が下りており、チキンナゲットを食べる*3ことが出来るらしい。私も価格や手に入れやすさの面で手が届く培養性動物食品(と呼べばいいのかどうか分からないが)が出てきたらぜひ試してみたい。

個人的に面白かったのは、「人間は動物がかわいそうだと思って虐待をやめるのではなく、虐待をやめてからかわいそうだという気持ちが芽生えるのではないか?」と語られているところ。例えば馬車馬が酷使されていた時代にも動物保護のために声を上げる人々はいたものの、馬車馬が姿を消したのは保護運動が功を奏したからではなく自動車が馬車を一掃したからで、一般的に馬の酷使がダメだと認識されるようになったのはその後である例などが挙げられている。著者自身は何十年もヴィーガンの生活を実践しているのにそう冷静に書けるのもすごい。現代の映画で肉を食べるシーンが、80年代映画の喫煙シーンのように驚かれる時代は意外と近づいているのかも。