【書籍】獄中で聴いたイエスタデイ

なんとなくネットでビートルズ関連の情報をぼーっと見ていたとき、「獄中で聴いたイエスタデイ」という本が気になったのでさっそく読んでみた。

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書影

出版は2015年。著者の瀧島祐介氏は1939年生まれなので、執筆時は70代ということになる。穏やかだった父親が終戦後に軍隊から帰ってからは暴力を振るうようになり、中学生の頃に家出して不良からヤクザの道へ。自ら自分の指を詰めたり(それも2回も)、襲撃されて死線をさまよったり(それも2回も)、一般的にはなかなか経験することのない波乱万丈の生活を送ったのち、1979年の40歳のときにとうとう大金を騙し取られたことから同業の男をフィリピンで殺めてしまう。帰国後に日本で逮捕されて留置所に入ることになるが、偶然そこでツアーのために来日して大麻所持で捕まったポール・マッカートニーと交流したことが、将来的にヤクザから足を洗い生き方を変えるきっかけになり…という、著者の人生が綴られている。刑務所から出たあともしばらくはヤクザとして闇金業などをしていたが、カタギになるよう励ましてくれた刑事さんとポールという二つの出会いに背中を押され、執筆時点では趣味の農業に精を出しつつ日雇いの肉体労働で生活費を稼ぐカタギの生活を楽しんでいらっしゃるようだ。

ポールが過去にウィングスのライブのために来日するなり空港で大麻が見つかって逮捕された*1ということ自体は小耳に挟んだことがあったけど、そこでこんな出会いが起こっていたのは想像もしてなかった。人生いろいろやな、何がどうなるかわからんな…と当たり前のことに感じ入った。著者が喫煙スペース的なところで東大卒の活動家に通訳をしてもらいポールに「出所したら会ってくれる?」と冗談で聞いたら「カタギになったら空港まで迎えに行くよ」とこちらも冗談めかして答えてくれたらしい。さらにポールの出所前日に、著者が壁と廊下を隔てた房から「イエスタデイ、プリーズ!」と声をかけると「OK!」と快諾して、床を叩いてリズムを取りながら本当に歌ってくれ、その時に聞いた歌声が刑務所に移ってからも出所したあとも支えになったとか。全体的に、著者の語る留置所でのポールの様子は「言葉もわからん国に来るなりいきなり逮捕されて拘束されてる(しかも当然ツアーはキャンセルなので進行形で莫大な損害が発生している)のにこんなにご機嫌な人間おる?」と困惑するぐらい明るくてびっくりした。世界の終わりかってぐらい落ち込んでたとしても全然おかしくないよ…。留置所を出る時は頼まれるまま留置所のほぼ全員にサインを書いていった*2そうで、どこまでもスターやな…。

しかし、犯罪の被害者やその身内なら加害者に酷い目に遭ってほしいと感じても人情だけど、もう少しマクロな社会的視点から見れば、刑務所にはなるべく受刑者の再犯を防いで出所後はカタギの道を歩ませるという機能が必要とされるはず。著者は15年の刑期のうち10年以上をほぼ人と交流できない独房で過ごしており(!)、刑務所の在り方ってこれでいいんだろうか?これで出所後に犯罪以外のことで生計を立てられるようになるのは難しくないだろうか?と本筋でないところでちょっと考え込んでしまった。世の中のほぼすべての犯罪者は留置所でポール・マッカートニーがカタギになるよう促してくれたりしないんだし…。とは言え私もなんぼ刑期をまっとうしてるとは言え、人を殺めた経験がある人と働きたいかと言われると怖いと思ってしまうだろう。どうあるべきなのかな…。彼が刑務所にいたときはまだ20世紀だったので、今は変わってるのかもしれないですが。

殺人という大変ヘビーな経験談も含まれて手放しで面白いと言っていいのか若干迷うけど、全体的にはページ数も多くなく一気に読むことができた。内容に興味を持った方にはおすすめ。

*1:実は大麻を所持していたのは当時の妻のリンダさんだったが、ポールが咄嗟にかばって身代わりで逮捕されたという証言もある。さすがにかっこよすぎて「ホンマかなァ~??」と思ってしまうが… https://www.sankei.com/article/20190417-FOKMDN4AGBPRBAS73Q3QA56O4U/

*2:ただ後でバレて没収されたので、無事サインを持っていることができたのはシラを切り通した著者ぐらいではないかとのこと。表紙の真ん中に写ってるのがそのとき持ち出しに成功したサイン